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街外れ、里山入口にある名も無い墓地に老いた桜が一本、今年も花を咲かせた。

お婆さんが何度もこの桜の近くまで来ては、先客が花見をしているのを邪魔しない
ようにと、嬉しそうに帰っていく。

手には小さなビニール袋、中には150ミリの缶ビールが入っていた。

「あんな管理された人工的な桜堤なんか、何の感動もないね。それよりこの桜、
随分古木だと思うんだけどなあ。」
「貴方はほんとにひねくれ者ね、まああたしもこの桜と向こうにかすむ山が好き
だけど、あはは。」

若き日のお婆さんの記憶である。

お婆さんがまたやってきた。今度は誰もいない。石のベンチに腰掛け、満開の桜を
見上げる。ゆっくりと向こうの山も見る。あの日と何も変わっていない風景。

「さあ、誰もいなくなっちゃったから、天国のパパさん、今年のお花見を始めましょうね。」

湯呑を持つようにしてビールを少しずつお婆さんは飲んだ。

「貴方と知り合って、がむしゃらに走る貴方に振り落とされないように頑張って、
私、輝く貴方に振り落とされないように頑張った。」

山の陰に墓地は入り、静けさの中、風が通り過ぎていく。

ありがとうと言わんばかりに、桜の花びらがお婆さんを包んでいた。






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瞽女(ごぜ)とは、阿弥陀様に身を捧げ、家々をまわり歌を謡い、米や小銭を恵んでもらい生きる
目クラの女だ。目が見えないのは、地獄が見えないように目をつぶしてくれたのだと。

以前読んだ越前竹人形といい、水上勉は日本海側の伝統文化と宗教感と貧困と欲望を巧みに
描き出している。

瞽女は女集団であり、男と寝たものは集団から追い出され、はなれ瞽女となる。
はなれ瞽女は、生きていくため、生きている証を得るために体も売るようになる。

おりんは軍隊から脱走して逃げていた男と山の中で知り合い、抱かれることを覚悟した。
しかし男は、いっこうにおりんに手を出さない。おりんは抱いてほしいと懇願するが、男は
抱いたら一緒に旅が出来なくなると言い、お前さんは阿弥陀様だと言う。

旅を続ける二人は宿で親切な薬屋と知り合う。おりんは親切なおじさんと言うが、男は警戒
していた。その矢先、些細ないざこざに男は巻き込まれ警察に拘置されてしまう。

街道で男の帰りを待つおりんに、薬屋は親切にしていた。薬屋は富山に行くと言い立ち上がる。
おりんは精一杯のお礼の笑顔と会釈をしたのだが、薬屋はその所作に欲情し松林におりん
を連れ込み犯した。

それを知った男は薬屋を追いかけ刺し殺した。男は軍隊と警察に追われることとなり、いつか
再開することをおりんに誓い、一人逃げた。

南に行けと言われたおりんは、長野の善光寺にたどり着いていた。男はきっとおりんが善光寺
に来ると確信し待っていた。二人は再開し、おりんの生まれ故郷の小浜へ行く。おりんの母親
は、目クラのおりんを残し失踪し、幼いおりんは瞽女に預けられたのだ。

男は捕まり軍隊に引き渡され死刑を待つ身となった。最期におりんとの面会が許され、ある真実
を口にする。二人とも天涯孤独と言っていたが、実は二人とも母親が生きていたのだ。男は母親
がいたこと、心から愛する人がおりん以外にいたことを謝った。おりんも消息こそ知らないが、母親
がいることを話した。

おりんは一人、母親の住む家を探し出し訪ねたが、行き違いに母親は亡くなっていた。

またおりんは一人旅を始めた。日本海の絶壁にへばり付くような松の根元に、皮の破れた三味線
と、おりんの着物と骨が転がっている。おりんの命は終わったけど、旅は終わっていない。

武満徹のノイズとオーケストラを自在に組み合わせた音楽が物悲しい。






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